あざなえる禍福の黄色いリボン

桜田淳子にまつわる個人的なもろもろを垂れ流すページ

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ちょっとした通知

あいかわらずサボりがちですが、今月中にはちゃんと更新したいと考えています。

しかし、このFC2ブログ、コメントは即時反映の設定なのですが、一ヶ月以上更新がないページは、全て承認待ちになる仕組みのようです。知らなかった(苦笑

それは鬱陶しい話なので、一ヶ月に一回は、ダミーでも何でも、とりあえず書き込もうかと。
こんな感じで内容が無いですが、何とぞご容赦を。

| このブログについて | 01:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サンセットミュージック

しばらく仕事に忙殺されていたのですが、さすがにこれはスルー出来ない(笑
約30年前、淳子さんが「私のことを"淳子"と呼び捨てにする男性は3人おります」と書いた、その最後の一人の、お通夜の件です。

ほとんどのスポーツ紙の芸能面トップを「桜田淳子」が占め、中には、プロ野球交流戦をさしおき一面を飾るところも……メディアが、そこまでニュースバリューがあると判断したことに、私は心底驚いています。まあ、その変貌もネタとして美味しかったのでしょうが…(苦笑

私自身は、体型より髪型の方に目が行きました。この日のため、美容院で毛染めしてストレートパーマ当てたばかりという印象。普段はボサ髪で「普通のおばさん」されてる気がします(笑

また、写真だけではなく、YouTubeでニュース映像も見ることができました。その仕草、表情…やはり動画は説得力が違いますね。本当に感無量です。

相澤会長の棺に一言「来ましたよ」…なんと意味深でしょう。
あえてその言葉を選ぶというのは、直接会うことはしばらくなかったこと、そして、会長からのなんらかの働きかけがあったことを想像させられます。手紙でのやり取りはあったようですから、淳子さんに宛て、もう一度会いたい、あるいは葬儀には来て欲しいとか、綴っていられたのではないでしょうか?

しかし、彼女にしても、ここまで注目を浴びるのは予想外だったのではないかなぁ?
これをきっかけに、ただ話題性のためだけに、淳子さんを利用しようとする人が芸能界その他に現れ、彼女がうかうかと乗っかり踊らされる……そんなことがないよう、私は祈っています。

| 雑記 | 23:04 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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百恵と淳子の交差線

2012年はまるまる更新をさぼってしまいました。体調を崩し気分的にそれどころじゃなくなり、直った後も、資料を前にすっかり億劫になり…

それでもまたキーボードを叩く気になったのは、40周年ということがありますが、アサヒ芸能の1/3・10号から3/7号まで掲載された「百恵と淳子の交差線」という記事に刺激されたのも大きかったです。

しかし、この連載が実現したいわれは何なのでしょうね?
むろんデビュー40周年に関連してでしょうが、百恵さん単独ならともかく、二人を組にするといういささか時代錯誤な切り口を、数ヶ月に渡り続ける力の入り様には、何かウラがありそうな、ひとかたならぬものを感じます。率直に申し上げて「アサヒ芸能」といえば、眉につける唾がいくらあっても足りない系の雑誌ですし(笑

ただ、このライターの石田伸也さんという方は、去年の秋に、同じくアサヒ芸能で「消えた歌姫の伝説」という連載を担当し、淳子さんの回では、「中2だった筆者にとって、この『75年の淳子』ほど夢中になったアイドルはいなかった」とカミングアウトされています。今回の記事も、何かしら営業的側面はあるのかも知れませんが、相応の熱意とこだわりをもって取材されたように思えます。
それに、氏は私と同い年な上に、同じ時に淳子さんファンになられた様で、個人的にシンパシーを感じますね。

さて、この「百恵と淳子の交差線」、興味深く思う箇所は多々ありますが、とりあえず一つだけ挙げてみます。最後の森昌子さんとの交友のところです。

昌子さんが4年前の入院時、淳子さんからもらったという手紙には、こう書いてあったそうです。「また"おばさんトリオ"で集まれたらいいですね」…これはプライベートでという意味でしょう。淳子さんは、百恵さんの復帰はないと確信していたはずですし。

記事では「直接顔を合わせてはいない」とありますので、まだ実現してないようです。しかし、なぜ?…プライベートで会うことには、特に障害はないと思うのですが。
実際、百恵さんは今でも芸能界の方々と付き合いがあるようですし(夫が現役芸能人だし)、淳子さんも数年前、萬田久子さんの誕生パーティ出席がリークされています。
まあ、淳子さん百恵さん側から音頭を取るのは難しいでしょうが、昌子さんさえその気になれば…

ただ、気になることがあります。スタ誕池田PDの未亡人は、今も淳子さんと連絡を取っておられるようですが、その彼女が仕切っているらしい私的なスタ誕出身者の集いにも、淳子さんは(百恵さんも)顔を出していないそう。
そこには何か、超えにくい一線があるのでしょうか?

もしかして、本当はもう三人会っているけれど、例えプライベートでもニュースバリューがありすぎる話ですから、あえておおごとにしないため黙ってたり…なんて。
まあ、これはいくらなんでも夢想に過ぎる話。でも、百恵さん宅のカラオケルームで三人が歌っているとか、考えるだけでも胸が熱くなりますね。想像なら自由ですし(笑

でも、いつか、誰に知られずとも、本当にそんなことが起きればと…そう念じてやみません。

| 雑記 | 22:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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桜田淳子は面白い!

再三書いてきたことですが、このブログは、自分の気持ちの整理をつけるために始めました。そして、その目的は達せられています。
私にとって「桜田淳子」は、もう完全に「過去の人」です。
2013年の現在、彼女を過度に賞賛したり、あるいは断罪したりする必要性を、私は感じません。70年代には70年代の、今の世には今の形のアイドルがいる、それだけのことと思います。

ただ、残尿感がないわけではありません。
このブログの最初の記事で、私はこう書きました。

私自身は、自他共に認めるファンではあったけれど、彼女の歌手としてのパフォーマンスには多分に批判的だったし、「それでどこが好きなん?」と問われれば、説明に倦み、口淀むことが多かった。


70年代当時、なぜ彼女が私にとって特別の存在なのか、その理由をうまく言語化できませんでした。
知命を過ぎ、人生の下り坂にさしかかって、そろそろ、その落とし前をつけてみたい。ただ自分自身への回答として。

とはいえ、今ならできるという確信はありません。
それに、それはある種の「やばさ」をはらむ問題でもあります。なぜなら、自分が「特別」に感じた彼女の個性はそのまま、現在の不在の原因と不可分のこととも言えるからです。

それは、現象としてはとても皮肉で、ファンとしてはやるせない話なのですが、頭が冷えた今ならば、舞台を俯瞰する様な視点でもって、悲劇だけど味わいある物語として記述できる…かも知れません。
そもそも私は、ウェルメイドな物語より、根の暗い演劇の方が好きなたちですし(笑

まあ、あえてざっくり言うならばこういうことです。
「桜田淳子は、変で面白い」

正義感が強く真面目なくせに、優等生と言われるのを嫌った人。
最も芸能人ぽくありながら、芸能界になじめなかった人。
テレビが生んだスターなのに、テレビ向けのパフォーマーじゃなかった人。
万人に愛されたいと切望しているのに、裏目に出てしまう人。
恵まれた道に見えながら、底知れぬ劣等感にさいなまれていた人。
過度に「普通」であろうとして、普通じゃなくなった人。

すさまじく矛盾を抱えながら、価値観とかものの考え方は、ウソ臭いほどまっすぐで。

「屈折し、ひねくれた人」ならいくらでもいます。「屈折してないけど、ひねくれた人」もたまに見かけます。でも、「ひねくれてないけど屈折してる人」というのを、私は彼女の他に見たことがありません。

淳子さんは、「変な人」としても特殊なタイプと思います。そして、その変な人が、これまた際立って特殊な環境の中、すったもんだを繰り広げるその状況を、残酷な言い様ですが、「面白い」と感じた…と、そう言えます。
その事例を、少しずつ、書いていければと考えているのです。

とはいえこのブログ、更新遅滞や前言反故もしばしばです。
ソース探しや資料作成に手間取ってずるずる…というパターンが多いので、もう少し肩の力を抜いて、まとまってない段階で小出しにしたり、うろ覚えのまま記述したり等、いっそういい加減にやっちゃおうと考えています。
主観的なテーマが多くなるでしょうから、精度よりその場の勢いを重視しようかと。なので、誤謬があれば、遠慮なくご指導下さい。

どうぞ宜しくお願いします。

| メイン記事 | 22:34 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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時間の耐えられない軽さ

去年の今頃、大病というほどではないですが、病院通いするはめになりました。
ここをご覧になるのは、私と同じくらいの年齢の方が多いでしょう。程度の違いはあれど、加齢とともに必ず衰えは訪れるもの。ご自愛下さい。

さて、前回のエントリーで2月25日を「ある種の感慨が呼び覚まされる日」とか書いてますが、それ以前、2009年2月25日の記事にはこんなこと書いちゃってますね……あれ?(苦笑

まあ、昨日に関しては、日付よりも「40年」にくらっときたのです。
淳子さんが事実上の引退状態になったのは20年前。つまり、活動期間と休止期間が半々となるに至ったわけで、40という数字に、時の流れを感じざるを得ません。

話は変わります。
去年、2012年はビートルズのデビュー50周年だったわけですが、そのわりには大して盛り上がってなかった気がします。むしろ、日本では3年後の、2016年6月30日の方が意味があるかも。
「武道館ライブから半世紀」…これには、時間の重みを実感する人がけっこういそうです。

私も、まだ小学校にも入っていない時ですが、ビートルズの来日を記憶しています。テレビのニュースを見、新聞に載ったヒルトンの会見記事を眺め、漢字が読めないのでひらがなだけを追いかけ、母親に「どういう意味ー?」と尋ねたのを覚えています。

しかし、時間の重さと軽さに思いを馳せるのも、それが過ぎてみてから…ではありますね。

| 雑記 | 20:32 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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