あざなえる禍福の黄色いリボン

桜田淳子にまつわる個人的なもろもろを垂れ流すページ

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あえて火中の栗を拾う気はないのですが…

NTVで5月5日に放送された「ダウンタウンDX」というバラエティで、ゲスト出演した岩崎宏美さんのコメントが、一部で話題になってるようです。

その紹介記事がこちら。
【エンタがビタミン♪】「桜田淳子とは、友達になれない。」憤慨する岩崎宏美に助言した、山口百恵の言葉がスゴイ。

また、実際の放送内容をテキストに起こしてみました。
宏美「私は一番新人で、昌子ちゃんとか、百恵ちゃん、淳子ちゃん、伊藤咲子ちゃん、みんないたんですよ、(追加する感じで)裕美ちゃん。で、みんななんかこう、あの時代は、恋愛しててもみんなこう隠していたので、あたしは誰が好き、誰が好きっていうことを楽屋で話して、最後にはもうみんな泣いちゃうぐらい。で、あぁ芸能界にもこういう友達ができたんだと思って、私はすごく嬉しかったんです。で、それは武道館の音楽祭だったんですけど、袖に入ったら、桜田淳子ちゃんが、先輩なんですけど、『さっきはあんな話したけど、やっぱり私達にはファンがいるのよ』って言ったんですね。で私は、その前のことですごく感動してたのに、やっぱりこの人とは友達になれないかも知れない…」
(スタジオの笑い)
松本人志「まぁ、まー、そうですね。どっちの考え方も、間違ってるわけでも、ないんで…」
コロッケ「どっちも、あの、正論ですね」
宏美「でもその時に、あたしがすごく怒ってる姿を見て、百恵ちゃんがあたしを呼んで、同い年ですよ、同い年なんですけど先輩で、『宏美ちゃんそんな怒っちゃダメよ』って。『彼女がそういう人だって今わかったんだからいいんじゃない?』って言われた」
会場の声「すげぇー」
(声を高めて)宏美「16ですよ、16!(歳)」
会場の声「へぇー」
浜田雅功「それすごいですねぇ…」

ただ、これだけの内容では、淳子さんが「私達にはファンがいるのよ」と言った理由がよくわかりません。「みんな泣いちゃうぐらい」な話って、ただの恋バナとも思えませんし。

まぁ、勝手な推測ですけど、アイドルとして人並みの恋愛が出来ないもどかしさ、苦しみについて話しあっていたのに、淳子さんが「ファンを裏切ることはできない」または「ファンをはげみに頑張ろう」と、学級委員長みたいなことを言った…ということではないかと。

この話は、岩崎宏美さんがデビューした1975年のことでしょう。
実際にはその後、宏美さんと淳子さんは肝胆相照らす仲となりますね。

上記の番組でも、百恵さんに対する畏敬の念と比べて、「友達になれないかも知れない」なんて茶化すように言えるのは、逆にそれだけ親密だったゆえの気安さに由来するものだと、私には思えます。

この二人が出演する歌番組で、立ち位置が定まってない状況ではいつも並んでいましたし、雑誌の取材中に相手の名前が出ることもしばしば。宏美さんの実家に淳子さんがよく遊びに行ってることは、何度か記事になっていたので、ファンにはおなじみのことでしょう。

というわけで、淳子ファンとしては、当時、宏美さんの記事に目を通すことはマストでしたね。例えば、月刊明星1976年3月号の、岩崎宏美インタビュー記事の一部に、こんなことが載っています。
咲子ちゃんは、学校でも、仕事の場でも、すごい仲よし。それに学校はちがうけど、淳子ちゃんも大親友なのね。その日のスケジュールのなかで、そのふたりのうちのひとりでも会えないと、すごくブルーになっちゃう。<中略> どっちか会えないことがあると、家に帰ってからすぐ電話しちゃうの。<中略> おシャベリの中身はぜったいに秘密。でも、このふたりには、なんでもわかってもらえる感じ。だから好きなの。

会話しない日はないという意味のことを言ってるわけで、呆れるほどの親密さです。
他にも、やっぱりこれも月刊明星ですが、宏美さんの自室を紹介する記事の中に、引き出しの中に淳子さんの日記帳が入っていたこと、お互いに日記を交換しあっていることが書かれています。

そして、現在の宏美さんがアイドル時代の話をする際にも未だに、高い頻度で淳子さんとの思い出話が披露されているわけです。
去年、代々木上原の古賀政男音楽博物館にて、伊藤強さんを講師に「阿久悠の時代」という講演会があったのですが、その第三回のゲストが宏美さん。
主題は代表曲の「思秋期」についてです。歌手として最初の頃は、歌に気持ちをこめることが出来ていなかった、この曲でようやくそれを体得できた…といった話の流れだったのですが、その中でも淳子さんのことが出てきました。

その時の宏美さんの話は、確かこんな感じです。
「『センチメンタル』(デビュー三曲目)の『好きよ』というフレーズとか、あっけらかんと歌ってましたねー」
「昔はリズムやメロディーを追うことに一所懸命でしたけど、和田アキ子さんの『ゴッドねーちゃん』の中で、持ち歌を取り換えて歌うコーナーがあって、『センチメンタル』を淳子ちゃんが歌って、それが全然別物で、すごく気持ちがこもっていて、あぁ『好きよ』ってこういうことなんだって思いましたね」

よもや、天下の大歌手岩崎宏美が、歌唱について淳子さんに一目置くことがあったなんて…耳を疑うような話でした。

しかし、どうして宏美さんがいつも淳子さんの話をするのか、本当に不思議です。

アイドル時代の話なら、カリスマの百恵さんや、未だに現役の昌子さんとの話題の方が、一般には受けがいいでしょうし、それで十分のはずです。また、親密度からいけば、伊藤咲子さんとの方が、淳子さん以上だった気がします。

世間ではもう関心がない、それどころか、内容によってはリスクをともないかねない淳子さんの話題を、今の時代にあえてする意味なんてないでしょう。

思うに、宏美さんにとって淳子さんは、ざっくばらんに語りやすい対象なのでしょうが、それに加え、あの世代の中心的芸能人の一人だった「桜田淳子」を、皆に忘れてほしくない気持ちが働いている…そんな気もするのです。

彼女も、現在の淳子さんの不在を残念に思っている一人なのは間違いないと、私は思うのですが。
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| 淳子コラム | 16:53 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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