あざなえる禍福の黄色いリボン

桜田淳子にまつわる個人的なもろもろを垂れ流すページ

2009年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年06月

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ご無沙汰です

思いっきり滞らせてしまいました。申し訳ありません。
ゆっこさんショックで気が抜けちゃいまして…まったく、いい歳してナイーヴすぎると思いますが(苦笑

苦労が報われないことなんて、ごく当たり前。
しかし、優しいほど、律儀なほどに、いっそう過酷な状況に追い込まれる…そんな理不尽さはそう易々と割り切れません。
私みたいないい加減な人間がぬくぬく暮らしているというのに…

とはいえ、めげっぱなしなのも情けない話で。
やれるときにやっておくのが生者の務めと、キヨシローさんの訃報にふれ、あらためて思いもしましたし。

そんなわけで、またぼちぼち再開したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
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| 雑記 | 23:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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アイドルグラフの復習

4/18の記事をアップ後、すぐに頂いたコメントがありました。示唆に富む点が多々あり、きちんと返答しないとなぁ…と考えていた矢先、投稿された方が削除なさったのですが。

75年編その2」の推論である「若い男性が特定の女性アイドルに特段の関心を抱き続けられるのは、一般に3年が上限である」…の補強として記事を追加していたのですが、コメントでの指摘により、私の論旨の弱点がようよう自覚できまして、どうしても一筆申し添えたくてあらためてここに追記します。

大前提として、アイドルの類例を挙げるだけではまったく不十分で、そうでない存在の場合はどうなのかという反証がそもそも必要だったと思います。
(あとの「75年編グラフ解説」の岩崎宏美さんの項で、申し訳程度に書き添えてはいますが)

しかし、それを具体的に例示するのは非常に大変です。
例えば小柳ルミ子さん。狭義のアイドルという位置づけからは少し外れた方と思いますが、売上は似たような減衰カーブを描きます。
要は、アイドルというスタイルに限定されることなく、男性から見て恋人的幻想を引き受ける存在なら、ほとんど同様の原則が働く…と言い直すべきかと思います。
しかし、女性芸能人であればたいがい、多かれ少なかれその幻想をてこに商売してますよね(苦笑

ちょっと反証になりそうかなと思うのは、「狙いうち」期の山本リンダ、安西マリア、風吹ジュンなどのセクシー路線の方々。彼女らの人気はせいぜい保って1年間という感じです。
卑近な例ですが、AV女優も大抵そんな感じですよね。つまり、リビドーを直接刺激する存在には、PEAみたいなものは分泌されにくいのかも知れません。
これはテーマとしては、めちゃくちゃ面白そうです。
…しかし、あまりに身に余る問題ですね(笑

性的要素抜きに、もう少し巨視的に流行歌手という大枠で見てみます。
数ヶ月おきにシングルを出すようなペースにおいて、ヒットが塊りとして1年以上連続するのは、実はかなり難しいようです。なにしろ、拓郎、陽水、チューリップなどの大物諸氏でもそうは続かないのですから。

つまり、アイドルは3年しかもたないと言うより、いったん成功しさえすれば、コンスタントな売上が2~3年期待できる、強い営業力を持つ形態と言えそうです。
私も、どうしても「儚さ」的な視点からの文章になってしまっていた気がしますが、実態はむしろ逆なのかも知れません(笑

すみません、ひどく散漫で浅薄ですが、とりあえず今回はこのへんで。
折に触れ、あらめて論考していきたいと考えております、はい。

| メイン記事 | 00:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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キャンディーズ

このWebでたびたび俎上に載せる「アイドル三冠種目」、それのキャンディーズの最高順位を挙げます。

年間レコード売上 1978年女性3位(総合6位)
明星人気投票 1976年女性4位
プロマイド 1975年女性3位(月間1位獲得なし)

6年度にまたがる活動期間において最高が3位ですから、カタログデータ的にはそれほど突出していません。

ラストシングル「微笑がえし」こそオリコン1位、83万枚とすごい成績ですが、それも曰くなしとしないもの。解散前にキャンディーズにチャート1位を贈ろうと、ファンクラブが組織的に活動した成果と言われます。
実際、一人で沢山買った話を聞いたことがありますし、推測ですが、オリコンのサンプリング店で購入するよう指示もされていたでしょう。

ただ、それでもキャンディーズは、考現学的にアイドルを研究するなら重要度はトップクラスだと私は思います。

その説明をする前に、まずは下のグラフをご覧あれ。発売日に数字を集約した、オリコンシングル売上の推移グラフです。



…何だこれ(笑
「1975年編その2」のFig.1Fig.2と比べてみて下さい。

以前、キャンディーズは特殊すぎて、売上の推移を比較するケーススタディにはならないと書きましたが、その理由がお判りいただけるかと。まるで時間軸を逆にしたかの異様なグラフですね。

この上昇カーブの流れを、私の個人的な記憶から辿ってみます。

デビューは1973年。同じ73年組の淳子さん、百恵さんについて、当初いい印象を持っていなかったことは書きましたが、キャンディーズに関しては…特にいいとか悪いとかはなく、ただ「ちょっと古臭いなぁ」なんて思ってましたね。

その理由は、まず「ゴールデンハーフのパチもん」に見えたこと。純日本人なのはかえってニセモノぽく感じた気がします。それに、その時点での彼女らは、バラエティ番組のアシスタントとしての露出が多かったのですが、それはまさしくゴールデンハーフのポジションでしたし。
そして何より「グループ」であること。73年頃の歌謡界は、グループサウンズ時代の反動でしょうが、「ピン」がトレンドでした。なので、私にはグループというだけで旧世代に思えたのです。
(当然ながらフォークやロックには当てはまりません。それと、フィンガー5は例外的にまったく気になりませんでした)

デビュー曲はオリコンチャート36位、8万枚。月刊明星73年度新人歌手人気投票(74年1月号)では11位。
泡沫ではないにしろ、成功とは言いにくい微妙な成績です。

しかし75年春、アイドルポップス屈指の名曲「年下の男の子」がヒット。
そして、翌76年には「春一番」が大ヒット。順調に存在感を増していきます。

特別若かったわけでもないのに、なぜ通常のアイドルとはまるで逆な、右肩上がりのセールスとなりえたのか、とても不思議。
その理由の一つに、コンサートなどを通じて地道にファンを増加させたことがあるようです。

後追い知識での余談ですが、ライブではファンクラブによる組織的な声援が繰り広げられたそうですね。
浦和レッズの試合に行くと、レッズファンでなくても応援に酔いしれ病み付きになると言われます。キャンディーズには、当時のアイドルのカオスのような応援とは別次元の楽しさがあったのかも知れません。

とはいえ、20万超のヒットはなかなか連続しません。
それが定常化するのは、76年11月の「哀愁のシンフォニー」から。しかし、正直申し上げてキャンディーズの中ではそれほど突出した曲と思えないのです。

実はその時、とある重大なことが起きています。
ピンク・レディーブームの到来です。

ピンク・レディーの露出度が異常に高まるにつれ、キャンディーズもよく引き合いに出されるようになりました。
当時、TVでPLのライバルと紹介され、「あ、キャンディーズってそうだったんだ」と、目から鱗だった記憶があります。それまで、失礼ながら過去の遺物のように感じていた彼女たちが、実は時代の寵児の対抗馬だった…そんな意識変化が起きたのです。

それは私だけか、わりと一般にもあったことか、もう確かめるすべはないでしょう。しかし、76年末からの連続ヒットは、ピンク・レディーの勢いに引っ張られた面があると、私には思えてなりません。
…年季の入ったキャンディーズファンからはお叱りを受けそうですが(苦笑

ともかくも、名実共にトップアイドルの一角を確実に占めるようになった77年夏、例の「普通の女の子に戻りたい」発言が飛び出します。
そこから78年4月のファイナルコンサートまでのフィーバーは当時よく話題になりましたし、その後もニュースバリューの高さゆえにメディアに語り継がれます。
結果としてキャンディーズは、絶頂期のイメージがそのままフィックスされ、記録よりも記憶に強烈に残る、そんな存在になったと思います。

ここで、冒頭に彼女たちのことを「考現学的に重要度はトップクラス」と書いた、その理由を述べます。

アイドルというジャンルの最盛期は80年代中頃というのが、その筋のマニアな方々の共通の認識と思います。アイドルという単語がほぼ女性を指すニュアンスにもなりますね。
そんなブームに対し、キャンディーズはピンク・レディーや山口百恵、桜田淳子よりもっと直接的な影響を与えたと思うのです。

70年代アイドルと80年代のそれとを隔てる要素の一つとして、マニアの存在があると考えています。
聖子さんや明菜さんの時代では、よほど熱狂的な人でない限り、ライバル双方のレコード買うのははごく普通で、ましてアイドルマニアなら「美穂と静香?そりゃ両方マストでしょ」という感じだったかと。
でも、淳子さん百恵さん全盛の頃は巨人×阪神みたいに排他的でしたし、その二人に限らずとも、男性が同時に複数のアイドルのファンと公言するのは、妙に尻軽な印象は否めなかったと思います。

それは対象がグループであってもそう変わりません。大抵は特定の一人に人気が集中しますし、同一グループに人気者が二人以上いた場合、ファン同士は対抗意識を持つもの。
ところがキャンディーズの場合、「ランちゃんが好きだからスーは嫌い」とはあまりならない感じがします。まさに、彼女たちの決め台詞「三人合わせてキャンディーズでーす!」の通りで。
特定個人への擬似恋愛感情よりも、アイドルという概念そのものを愛でる感覚がキャンディーズによって萌芽した気がするのです。

さらに、あの引退フィーバーに現れるように、ファン活動そのものをイベントとして楽しむ、そんな心性の発達。
「微笑がえし」の購買運動についても、80年代には常態化したファンの組織的活動の嚆矢と言えるでしょう。

80年代当初、キャンディーズファンだった人々が、あの祭りの高揚をもう一度と新たなアイドルを求め、マニア層の真珠の核と言うべき部分を担っていったのではないかと、私は考えています。
(実際の大勢を占めるのは、小学生の時にPLブームを経験し、アイドルに対し偏見を持たずに育った世代でしょう)

そういうわけで、キャンディーズは、文化構造の形成者として特筆すべきアイドルだったように思うのです。

最後に、彼女らのシングル曲の話を。
グループコンセプトは古いと思ってましたが、音楽的には、好きな曲の数が70年代アイドルの中で一番多かったですね。
ゴールデンハーフなバタくさい指向…というか、名前通りにキャンディ・ポップを目指したのが功を奏したのでしょう、今聞いてもそんなに古臭く感じません。若い人に当時のアイドルのベスト盤を勧めるなら、キャンディーズが一番無難な気がします。

前述したように「年下の女の子」は楽曲として傑作(特にイントロ…もうちょっとテンポ早ければ完璧)と思いますが、三人いる意味があまりない点は微妙ですね。
パフォーマンスを含めて私が一番気に入ってるのは「アン・ドゥ・トロワ」。これは本当に大好き。

| 芸能音楽 | 02:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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にかいめの出来事

1974年末の「はじめての出来事」に痺れ、桜田淳子ファンになった私ですが、76年も暮れに近づくと、これはと思える曲もなく、TVのチェックにも惰性感が漂い、このまま芸能誌を買い続けることに意味はあるのだろうかと思い始めていました。
そう、かく言う私も、三年めを前にして情熱は冷めつつあったのです。

しかし、月刊明星1977年1月号(76年11月24日発売)は、そんな倦怠を一気に吹き飛ばす衝撃的なものでした。
篠山紀信さんが、写真だけではなく文章も手がけるグラビアシリーズの、淳子さんの回です。

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淳子ファンなら当然お読みになっているでしょうが、記憶を新たにして頂きたく、後半部をそのまま引用する暴挙に出ます(汗

「歌がかわらないのがイヤ」ともいった。
「恋をしなかったらいい歌なんてうたえない」ともいった。
 冒険もしたい。恋人もほしい。いまの淳子は地中に沸積した地震のエネルギーのようなものを秘めている、爆発寸前。
「地震こわい」
「こわいこわい」
「地震になったらいっしょに逃げてくれる人いる」
「………」
「手をとって、淳子をひっぱっていってくれるような人」
「………」
 ここまできて淳子は急に口唇をかみしめると目に大粒の涙をため、両の手を握りしめこぶしをふりあげると
「わたし、そんな人いない」
 というとワァーッと泣きだした。レストランの真っただ中で。
「淳子ちゃん……そんな……そんな気で言ったんじゃ……」
 ほくはもうオロオロ、あわてふためいて言葉にならない。
 しばらくするとこんどは泣きながらクシュクシュ笑いだした。
「ウァーッ、ハッハ、クシュンクシュン、ジュルジュル(これ鼻水すする音)」あわててティッシュペーパーをさしだす。
「わたし泣きながら、泣いてる自分がおかしくなって笑いだしちゃうの」
 この心の振幅の激しさ、感情発露の度合いの大きさ、いやはやぼくはまいった。

桜田淳子セカンド・インパクト。
今の世なら私は「も、萌えーー!!」と叫んだに違いありません(笑

当時TVに彼女が映らない日はほとんどなく、お茶の間の日常と化していたその笑顔の裏側に、これほどまでにエキセントリックなものが潜んでいたとは!!
ある程度淳子さんを理解したつもりになっていましたが、まだまだ甘いと思い知らされました。もう「ずっと付いて行く!」とその時思いましたねぇ。

とはいえ、元はあくまで篠山先生の作文です。淳子さんが、天下の篠山紀信に文中にあるようなタメ口をきくわけがありません。
しかし、公の場で泣きながら笑い出す一件は実際にあったことでしょう。氏も相当に感銘を受けた様子が伺えます。

この記事には他にもやばい箇所がありますし、事務所のチェックや編集の自制などなかったと確信します。篠山先生だからこそ許されたものでしょうね。
紀信グッジョブ!(笑

| 淳子コラム | 00:16 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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桜田淳子をフーリエ解析

今回の記事は専門用語が多めですけど、中身はただのおふざけですので…為念。

桜田淳子論の1975年編を展開するにあたり、シングル別売上推移のグラフを作成したわけですが、それ以外にも様々な数値を当っておりました。
めっきり小市民としては、それを何も活用しないまま終わらせるのも癪なので、ちょいと余興をば。

オリコンシングル週間チャート、トップ20のランキングもデータ化していました。その淳子さんの変移の波をフーリエ変換してスペクトル出してみましょう(笑

元データは、73年2月のデビュー週から78年12月までの、週毎の順位の逆数(10位なら1/10=0.1)です。21位以下は基本的に値ゼロで扱います。また、時系列の規則性が何より大事なので、年始のオリコン休みの週は、前後から類推した順位を挿入しました。

そして、その周波数成分を抽出し、周期性を現したのが下のグラフです。

フーリエグラフ

横軸は週数。極短周期は意味のない値なのでカット。

15週にピークが出るのは、だいたい三ヶ月毎にシングル出てたわけですから当たり前ですね。
夏に強い淳子さんというイメージがあったので、1年の週数である52あたりの成分が多い気がしてたんですが、特に目立ってません。
実際には80週くらいの周期がマックス。75/2/3号「はじめての出来事」1位、76/6/14号「夏にご用心」2位、77/12/12号「しあわせ芝居」3位の、約1.5年周期のヒットに反応してるんでしょう。
158週前後にもちょっとピーク出てますが、これは3年ですので1.5年周期の高調波成分と思われます。

しかし、今はいい時代ですねぇ。エクセルであっという間にフーリエ変換できちゃうんですから。
…たまにはこんなおバカなエントリーもいいでしょ(笑

| 淳子コラム | 01:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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